ブッダの「さとり」は神秘なのか、言葉で伝えられるものなのか?

仏教では、よく「さとり」ということが言われます。みなさんは、どのようなイメージをお持でしょうか?

さとりには「悟り」と「覚り」と二種類の漢字を使うことが多いようです。意味の違いがよく分からないので、今回はひらがなの「さとり」を使います。

「さとり」のイメージ

1. 深い瞑想を通じて、辛いことも苦しいことにも動じなくなり、安定した強い精神を得ることなのでしょうか?

2. 迷いや誘惑から自由になり、苦しみから解き放たれ、幸せいっぱいな気分になれることなのでしょうか?

3. スピリチュアルな神秘体験を経て、自分の中の霊性が変化したり、強化されたりして、新たなステージに進むことなのでしょうか?

この三つにざっくりとしたタイトルをつけるとすれば、一つ目が「瞑想による精神の安定」で、二つ目が「苦しみからの解放」で、三つ目が「スピリチュアルな開化」と言えますが、本当のところはどうなのでしょうか。

瞑想

出家してからシッダールタは、ヨガや瞑想をする師匠の元を尋ねて入門します。まず教えてもらおうと考えるのです。箱入りで大切に守られており育ちは良いのです。まずはちゃんと勉強しようと思ったのでしょうか。

瞑想を学ぶとまたたく間に上達して、高度な没我の状態に至ることができるようになりました。しかし、瞑想をしている間は辛いことを忘れていられるけれども、瞑想をやめると、またじわーっと不安が戻ってくるのです。

一日中瞑想をしているわけにもいかず、生きていくためには、仕事もしなければなりません。瞑想の価値は十分に体験しましたが、でもそれだけでは本当の目的を達せられないということが分かりました。

苦行

シッダールタは、次に苦行林へ赴きます。体をどんどんと痛めつけていけば、些細な心の痛みなんて感じなくなるだろうというのが、苦行の基本コンセプトです。

普通に考えてみれば、まさかそんなことはないのですが、それは切羽詰まった状態ですから、藁をもすがる気持ちなのです。苦行して、ガリガリに痩せ衰えてしまい、死にかかるほどにもなりましたが、何も得るものはありませんでした。

さとり

シッダールタは、6年間にわたって顔や体型が変わってしまうような過激な苦行を行いました。苦行をやめて山を降りたシッダールタは衰弱して川で沐浴した後、樹下で休んでいたところを、村の娘が乳粥を捧げてくれました。

その後、体力を回復したシッダールタは、七日間菩提樹の下に座り続けて、「さとり」を開いたのでした。よく「樹下の打坐(じゅかのたざ)」と言われます。

さとりのイメージの1と2が、それぞれ瞑想と苦行に対応するわけですが、話をイメージ1,2,3と振ってきた後で申し訳ないのですが、3番目の「スピリチュアルな開花」と「さとり」とは対応しないのです。

いや「さとり」とは霊的でスピリチュアルなのだとする宗教・宗派もひょっとするとあるのかもしれません。しかし、霊的なのだとすると、シッダールタが、ヒトの置かれた現実に目覚めたこととがうまく結びつかなくなってしまうのです。

さとりは「神秘」なのか?

仏教のテーマもその他の哲学と根本は同じで「人はなぜ生きるのか」を理解したいということだと思います。「なぜ生きるのか」は「なぜ死ぬのか」と対になり、「どのように生きるのか」「どのように死ぬのか」へと続きます。

仏教も、三つの命題「何のために生きるのか」「何をすれば良いのか」「どのようにすれば救われるのか」ということを解き明かす「道」なのです。考える道筋なのだと考えると分かりやすいのではないでしょうか。

「シッダールタは、樹下の打坐の後にさとりを開いた」と聞くと、何か得体の知れないことが起こったかのように感じられ、超自然的な超人的なものを連想させられます。それは、仏教と仏教寺院が日本でも1000年以上をかけて啓蒙してきた成果であるわけです。仏教寺院の建築や仏像彫刻や美術においても、それは圧倒的な力を持っています。

「さとりを開いた」という言葉から、「通常の人には滅多に達し得ないことを成し遂げた」という風に思ってしまうのは、1000年に及ぶ長い期間にそのように教えられてきたからでしょうか。時代を経るに連れて、ゴータマ・シッダールタの偉業が光り輝いていくのです。素人では扱えない数学的な巨大数字も出てきます。どんどんとすごいことになっていくのです。

ブッダとは目覚めた人の意味です。シッダールタは、ブッダとなって、人々にそれを説いて聞かせます。弟子たちがそれを書き取ったものが後の世の経典になっていきました。弟子には言葉で伝えのたでしょう。でも言葉だけでは伝えきれなかったようにも思います。しかし、最初の教えは決して神秘ではなかったようです。

さとりをどう説くか

シッダールタのさとりは神秘ではなかったものの、伝えるのはとても難しいように思えました。

なぜ煩悩に付きまとわれるのか、そして、これをどうやって断ち切るのか。それをシッダールタは悩み、考えていました。そもそも快楽を享受することに躊躇することもなく、不安も感じない人々には、ブッダの教えは必要のないものです。

「何のために生きるのか」「何をすれば良いのか」「どのようにすれば救われるのか」について、疑問に思っている人は一体どれだけいるのだろうか。それほどいないのではないか、と思ったのだと思います。

ブッダはさとりの後、他人には理解できないと考えて、その境地を自ら味わうだけで留めようとしました。しかし、そこで言い伝えによれば、そこで何やら神がかり的な声がかかって、人々に説いて回るようにと告げたので、ブッダも考えを変えて説いてまわるようになったということです。

それからのブッダは、さとりの体験を言葉にして人々に伝えて、さとりの境地に導く活動をすることになりました。ブッダの晩年には、全ての人は望めばさとりにいたることができるという考えになりました。

「全ての人」ということは、出家しなくても、仕事をやめなくても、普段の仕事をしながらでも、さとりに至ることができるという意味合いが込められているのです。